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権力の亡者と化したか、渡辺恒雄氏
日本のジャーナリズムを傷つけた読売

小沢氏の民主党復帰で、いわゆる「大連立構想」は頓挫しました。小泉元首相が”まさか”の坂がある、と意味深なことをいっていましたが、この大連立のことを指していたんですね。
ところで、まさかの大連立を仕掛けたのは、なんと読売新聞主筆のナベツネこと渡辺恒雄氏でしたが、彼はなぜそんなことをしたのか?
福田首相と小沢氏という日本政治のトップにいる政治家に最も影響力のある人物といえば、渡辺氏をおいて他にはいないかもしれない。80歳を超えた高齢の渡辺氏だから、すでに読売新聞から身を引いた存在であるならば、ご意見番として政治家の間をとりもつことは結構なことでしょう。より真摯な憂国の思いも伝わります。
しかし渡辺氏はいまだに読売の最高権力者であり主筆でもある。紙面に直接、記事を書ける立場にある。1000万部の大新聞をバックにした影響力の強い人物が働きかければ、世論を気にする政治家たちはその指示にノーとはいえないのではないか。
その意味で、渡辺氏も読売新聞も自分の立場と役割を履き違えて、ジャーナリズムとしての新聞の地位を放棄したとしか思えません。
いかなる場合でも、ジャーナリストは事件の当事者ではなく、あくまで取材者であり、傍観者として事件の真相を読者に伝える伝達者にすぎません。
やや矮小化した事例ですが、かつてNHKの大津支局の記者が自作自演の放火劇を演じて事件をスクープをしたことがありました。スクープ欲しさに事件を作ったといいますが、誰が見てもこれはジャーナリストの役割の放棄であることがわかります。
要するにいかなる場合においても、新聞記者は事件の当事者であってはならない、というのがジャーナリズム論の原理原則です。こんなことは言論の自由がない社会主義国の新聞でも同じことです。新聞自身が主体的に事件を仕掛けて起こすことは世界的にも前代未聞といえます。
小沢氏が記者会見で激怒して「天下の公器がそういうことをしていいのか」と語りましたが、これは読売のスクープとして様々な記事が紙面に出たことを指していると思われます。具体的には、大連立の条件として、小沢副総理、民主党への大臣ポストの割り振り案のスクープです。
福田、小沢、渡辺の3氏しか知らないはずのことが、堂々と読売一面を飾ったのですが、これは渡辺氏がソースになっているとしか考えられません。つまり渡辺氏は、自ら大連立のトップ会談を仕掛けて読売のスクープにしたというわけです。おかげかどうか、当日の読売はどこのキオスクでも完売というほどの売れ行きだったようです。
渡辺氏は憂国の思いから行ったということですが、それなら話のプロセスを同時進行的に紙面に書くことはやめるべきだったでしょう。読売のスクープのためにこれを行ったとすれば、日本のジャーナリズムを傷つけたというだけでなく、政治に対する背信行為でもないでしょうか。
いずれにしても、読売はこの事件で著しく新聞の信頼性を損なったことを肝に銘記すべきです。
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小沢辞任表明で大混乱するメディア
虫眼鏡しかもたない?日本マスコミ

日本に二大政党制は無理な理由

民主党の小沢代表の辞意表明で政局は大混乱に陥っています。それを報道するメディアも大混乱です。国民には何が真実なのかさっぱりわかりません。
自民党総裁選挙当日の全国紙各紙はどこもまったく同じ見出しをつけて、横並びぶりを見せつけ国民を唖然とさせました(これについて、『諸君!』12月号の新聞特集に書きましたのでご一読ください)。
その画一的な新聞が小沢辞任問題に関しては、どこもばらばらの記事を載せています。大連立を持ちかけたのは福田首相の側だとか、いや小沢氏が言い出したのだとか、新聞界のドンこと読売新聞トップの渡辺恒雄氏の仲介で大連立の話が出たとか、さまざまなニュースが飛び交っています。
しかしどれもニュースソースが判然とせず、当のご本人が沈黙を守っているので、真偽は定かではありません。
マスコミは噂や裏話を不確実に垂れ流す得たいの知れない”情報操作機関”に堕しています。
問題の本質は日本に本当の政権交代がありやいなや、ということです。政権交代が起これば、国民にとって癌になった硬直化し腐敗の温床の官僚機構の大手術が可能になる。
国民の怒りは、福田首相や小沢代表に直接、向かっているわけではありません。国民の怒りは防衛省の守屋事件のような官僚トップによる巨額の税金の私物化や年金横領などに向かっています。
政府の治療修復のためには政権交替が起こったほうがいい、という国民多数の意思がさきの参院選における民主党の大勝利をもたらしたわけです。
従っていまの政治の喫緊の課題は日本における二大政党制の実現、という点にあります。そこへ向かうロードマップを示すことこそメディアの役割ではないでしょうか。
巨大メディアの政治記者諸氏は、記者クラブにいて有力政治家だけに取材し、永田町の政治プロ周辺のネタしかとっていない。要するに取材のツールは”虫眼鏡”しかないのです。
永田町だけを拡大鏡で見ている限り、日本の政治文化の本質はわからないし、二大政党について云々する資格もない。
私は日本に二大政党制が根付かなかった大きな理由として、戦後のスタートラインを作ったGHQの日本統治戦略があると思っています。これは日本政治文化のDNAとして埋め込まれていると思います。
戦後自民党政治にとっての最大の野党は社会党や共産党ではなくて、外圧としての米国だったのです。つまり日本には二大政党制は必要ではない、と米国側は考えているというわけです。霞ヶ関も米国のいうことだけはよく聞きます。
政界トップにいる方々、福田首相、安部前首相、小沢代表などはこれに気付いているのだと思います。従って大連立構想、という話も根拠がないわけではありません。
マスコミだけがこれがわかっていません。”二大政党制の幻想”を振りまくことはやめて、日本に本当に二大政党による政権交代が必要だと考えるなら、そのロードマップを示してください。
福田首相や小沢代表の足を引っ張るだけがジャーナリズムの仕事ではありません。
本当の国益=国民益(官僚の利益や政治家や税にたかる人間の利益ではなく)とは何か、それを示すのがメディアの力だと思います。
( 柴山 哲也)
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